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【社労士執筆】「事業場外みなし労働時間制」の導入で気をつけるポイントは?

  • 労務知識
  • 勤怠管理
  • 社労士監修
2024-06-14

執筆者
寺島戦略社会保険労務士事務所 所長
寺島 有紀


1. 事業場外みなし労働時間制とは

コロナ禍を経て、リモートワークと出社勤務をかけ合わせるようなハイブリッド勤務もごく当たり前の光景となりました。柔軟・多様な働き方が増えている中、より勤怠管理も複雑になってしまい「なかなか従業員の実労働時間の管理が難しい・・・」とお感じの企業も多いのではないでしょうか。

勤怠管理について企業からご相談を受けていると、「事業場外みなし労働時間制に興味があるのですが・・・」という声を聞くことも増えました。


事業場外みなし労働時間制とは、労働基準法の第38条の2に定められている制度で、下記の2つの要件を満たす場合、実労働時間に関係なく一定時間労働したとみなすことが可能となる制度です。

① 労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事したこと
② 労働時間を算定し難いこと


つまり簡単に言えば、事業場外みなし労働時間制が適用される方には「実労働時間に関わらず8時間働いたとみなす」と取り決めることで、労働者の実労働時間に関わりなく8時間として労働時間をみなすことができるようになります。

すでに、出張時においてはこの事業場外みなし労働時間制を活用しているというところもあるかもしれません。


もともとこの事業場外みなし労働時間制は1988年の労働基準法の改正により施行されたものですのでかなり歴史は古い制度です。現に、実際運用をしていない場合でも就業規則の中に「労働時間の全部又は一部を事業場外で業務に従事し労働時間を算定し難い場合については、事業場外みなし労働時間制を適用し、所定労働時間勤務したものとみなす。」のような記載が入っている企業はかなり多いのではないでしょうか。


2. 事業場外みなし労働時間制の適用要件

実労働時間に関わらず一定時間とみなせる、と聞くと裁量労働制のような印象を受けるかもしれませんが、裁量労働制は専門型の場合には厚生労働省が定めた一定の職種しか適用できませんし、企画型も企業の経営に関わるような方にしか適用できないという制限があります。

同じようにこの事業場外みなし労働時間制も「オフィスではないところで働けば適用できえる」といった単純な制度ではなく制限があります。

事業場外みなし労働時間制については、上述の通り「労働者が事業場外で労働し、労働時間の算定が困難な場合」に適用できる制度ですので、事業場外労働であっても、普通に労働時間の算定ができてしまうようなケースでは対象となりません。


具体的には、次のような要件に当てはまる場合には適用できないと考えられています。

① グループで事業場外労働をしている場合に、そのグループ内に労働時間を管理する者がいる場合

→簡単に言えば管理監督者であったり勤怠管理を行うような立場の方が事業場外労働のグループにいるような場合


② 事業場外で業務に従事する者が、携帯電話等(※)によっていつでも連絡がとれる状態にあり、随時使用者の指示を受けながら労働している場合

→携帯電話を持たせているといったことだけでこれに当てはまるということはないですが、実際に当該携帯電話等であれこれ指示を受けて業務にあたるような場合にはこちらに当てはまります。


③ 業務の具体的指示を受けていて、帰社する場合

→なお帰社した後は実労働時間で管理を行うため、みなし労働時間に加えて実労働時間を加える必要があります。

※もともとこの事業場外みなし労働時間制は1988年の労働基準法の改正により施行されたもので、施行当時の通達をみると②については「事業場外で業務に従事するが、無線やポケットベル等によって随時使用者の指示を受けながら労働している場合」という記載になっています(時代を感じさせます。)


この事業場外みなし労働時間制をめぐっては「阪急トラベルサポート事件」という有名な判例があり、これは旅行添乗員の方が事業場外みなし労働時間制の適用をめぐって会社を訴えた事件ですが、下記のような点を踏まえ事業場外みなし労働時間制の適用は否定される結果となりました。

① ツアー行程表に従うため、添乗員自らが決定できる事柄の範囲は限定されていること

② 携帯電話の所持にくわえトラブル発生時は会社から指示を受けることが求められていたこと

③ 添乗日報により、詳細かつ正確な報告を求めており、行動の確認ができること

一般企業に当てはめても②③のようなことは従業員に求めている企業も多いと考えられます。こうした最高裁判例は事業場外みなし労働時間制の適用を安易に行っては企業にとってリスクがあるということを示していると言えます。


業場外みなし労働時間制の適用で勤怠管理から解放される?

よくある誤解ですが、決して「事業場外みなし労働時間制を適用すれば勤怠把握義務から逃れられる」わけではありません。

下記のとおり労働安全衛生法において企業による従業員の勤怠の把握義務が規定されています。

■労働安全衛生法第66条の8の3
事業者は第66条の8第1項又は前条第1項の規定による面接指導を実施するため、厚生労働省令で定める方法により、労働者の労働時間の状況を把握しなければならない。


これは事業場外みなし労働時間制の適用者について除外規定はありませんので、当然事業場外みなし労働時間制の適用者も勤怠管理自体は必要ということになります。


3. リモートワーク時の事業場外みなし労働時間制

コロナ禍においてニューノーマルな働き方として政府としても「テレワーク」を推進していく流れがあったのは記憶に新しいと思います。この流れの中で2021年3月にテレワークガイドラインが改定され「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」が発出されました。

このガイドラインの中に「様々な労働時間制度の活用」として事業場外みなし労働時間制にも言及されています。

テレワークにおいて、次の①②をいずれも満たす場合には、制度を適用することができる。

① 情報通信機器が、使用者の指示により常時通信可能な状態におくこととされていないこと
以下の場合については、いずれも①を満たすと認められ、情報通信機器を労働者が所持していることのみをもって、制度が適用されないことはない。
  • 勤務時間中に、労働者が自分の意思で通信回線自体を切断することができる場合
  • 勤務時間中は通信回線自体の切断はできず、使用者の指示は情報通信機器を用いて行われるが、労働者が情報通信機器から自分の意思で離れることができ、応答のタイミングを労働者が判断することができる場合
  • 会社支給の携帯電話等を所持していても、その応答を行うか否か、又は折り返しのタイミングについて労働者において判断できる場合
②随時使用者の具体的な指示に基づいて業務を行っていないこと
以下の場合については②を満たすと認められる。
  • 使用者の指示が、業務の目的、目標、期限等の基本的事項にとどまり、1日のスケジュール(作業内容とそれを行う時間等)をあらかじめ決めるなど作業量や作業の時期、方法等を具体的に特定するものではない場合


ただこのガイドラインの解釈にも非常にあいまいな部分があります。


「労働者が情報通信機器から自分の意思で離れることができ、応答のタイミングを労働者が判断することができる場合」とは具体的にはどのような基準を示すのか、についてもいまだ判例法理等も確立しておらず、基準は明確には決まっていません。

弊社でも本ガイドライン成立時に複数の労働基準監督署等に照会しましたが、「明確な時間的な基準は無い。事業場外のみなし労働時間制が適用される以上、使用者側から具体的な業務指示をせず、即応を求めないといった対応が担保されることが必要。応答についても当日中にあればOK程度のニュアンスが望ましい。」といった温度感の回答でした。


「その応答を行うか否か、又は折り返しのタイミングについて労働者において判断できる場合」についても、実務を鑑みると重要な点であるのにもかかわらず明確な基準は記載されていません。

この点も上記労基署への確認時には「上記回答と同様。連絡ツールを持たせている以上、応答および折り返しの義務は発生すると考えられるが、事業場外みなし労働制を適用する以上は、労働者に即応義務はない。当日中の折り返しは求められると考えられる。」というものでした。


こうした曖昧さが残る故、筆者の印象では、テレワークを行っている企業においても事業場外みなし労働時間制を適用すると踏み切っている企業は多くないと考えています。特に上場準備企業等になればよりコンプライアンス重視となるため、仮にこの事業場外みなし労働時間制が適用が否定された最悪のケースを想定すると、莫大な未払い賃金が発生することが予想されます。こうしたリスク回避もあり、事業場外みなし労働時間制の適用は主流となっていないのだと推察されます。


4. それでも事業場外みなし労働時間制を適用したい場合には?

上場準備企業等の細かなリスクも嫌うような企業の場合には事業場外みなし労働時間制の適用はなるべく回避したほうが良いかという印象は持っています。

しかし、それでも事業場外みなし労働時間制の適用をしたいという企業の場合、少なくとも下記のような点が満たせるのか、という点は一つの基準にしておきたいところです。

① 「常時Slack、Chatwork等のチャットツールやメール等をオンラインにしておく必要はない」と従業員に明示して、実際にオフラインの方が出てきてもそれを許容できるような業務内容なのか

② 逐一業務の報告等を求め、一日に業務指示を何度も出すことが必要な、いわゆるルーティン的な業務内容であったり、仮に業務内容は問題ないにしても従業員の職務遂行能力上、逐一報告等を求めざるを得ないような方が適用とならないか

③ 従業員に連絡した場合にもその応答が勤務時間当日所定労働時間中にあればOKというようなゆるさが許容できるか


これらを明示した文書を社内に周知して適用するといったことができるのであれば、リモートワーク下でも事業場外みなし労働時間制が適用できる余地はあると言っていいでしょう。逆に言えばこの程度厳しく基準を持っておかないと事業場外みなし労働時間制の適用にはリスクはあると考えられます。


打刻レス 勤怠管理サービス「ラクロー」
寺島 有紀

・寺島戦略社会保険労務士事務所 所長
・一橋大学商学部 卒業

新卒で楽天株式会社に入社後、社内規程策定、国内・海外子会社等へのローカライズ・適用などの内部統制業務や社内コンプライアンス教育等に従事。
在職中に社会保険労務士国家試験に合格後、社会保険労務士事務所に勤務し、ベンチャー・中小企業から一部上場企業まで国内労働法改正対応や海外進出企業の労務アドバイザリー等に従事。
また、保険会社主催のセミナーや人事業界紙での執筆等にも携わる。

現在は、社会保険労務士としてベンチャー企業のIPO労務コンプライアンス対応から企業の海外進出労務体制構築等、国内・海外両面から幅広く人事労務コンサルティングを行っている。
その他保有資格:TOEIC920

HP:https://www.terashima-sr.com/